2023年8月15日火曜日

幸長入道(覚明・西仏)と親鸞(1)幸長入道29歳の時、範宴(後の親鸞)誕生

幸長入道は、のちに親鸞※と行をともにすることになる。


年表でたどる幸長入道97歳の生涯(5)

1173(承安3)年

  幸(行)長入道29歳

  甥の海野小太郎幸氏(数え年)2歳。

  木曽義仲の嫡男義高(数え年)2歳。

  興福寺僧徒、多武峰を焼く。

  南都十五大寺の荘園を没収。

  

4月1日(1173・5・14)浄土真宗の祖範宴(後の親鸞)誕生(一歳)


※【親鸞】しんらん

鎌倉初期の僧。浄土真宗の開祖。別名、範宴・綽空・善信。諡(おくりな)は見真大師。日野有範の子。治承五年(一一八一)青蓮院の慈円について出家、比叡山にのぼり、二〇年間学行につとめたが、建仁元年(一二〇一)二九歳のときに法然の門にはいり、専修念仏の人となる。建永二年(一二〇七)の念仏停止の際は越後国国府(新潟県上越市)に流され、四年後に罪をとかれると関東に行き、文暦二年(一二三五)頃京都に帰った。開宗宣言に相当する主著「教行信証」の初稿本は、関東在住の元仁元年(一二二四)頃に成る。恵信尼との結婚は越後国に流されてまもなくと思われ、二人の間に善鸞・覚信尼が生まれたが、善鸞は晩年、義絶された。門下に真仏・性信・唯円など。著書に「教行信証」のほか「浄土和讚」「愚禿鈔(ぐとくしょう)」「唯信鈔文意(ゆいしんしょうもんい)」など。承安三~弘長二年(一一七三‐一二六二)

日本国語大辞典 小学館

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